「石の上にも30年」成功する絶対法則

今日もまた「プロフェッショナル~仕事の流儀~」から。今回は、兵庫県の明石浦漁港で「明石鯛専門」の看板を掲げて漁師を営む戸田修一さんの話。

 

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彼は中学卒業後、15歳で漁師を始めたらしい。今や、キャリア50年を超える大ベテランだ。それだけでもすげー。

 

あえて茨の道を選ぶ

 

彼は20歳になった頃、「五智網漁(ごちあみりょう)」という、漁師の間でも「非常に難易度が高い」と言われる漁法で明石鯛漁を始めた。

 

ちなみに「五智網漁」というのは、長さ約40mの網を海底にピンポイントで落として囲いを作って、タイミングを見計らって一気に網を引き揚げるやり方のことらしい。

 

この漁法の難易度が高いと言われる所以は、鯛の生態にある。鯛は、常に潮の流れと共に頻繁に移動するため、一か所に留まっていることがあまりない。

 

それゆえに、漁師は潮の流れを正確に読み、且つ海底の地形までをも完璧に把握し、ピンポイントで網を海底に落とす。そして絶妙なタイミングで引き上げる。これら全ての技術を兼ね備えていないと、この漁法は決して成功しないと言われている。

 

漁師仲間からの嘲笑の日々

 

実際、戸田さんはなんと30年もの長い間、全くお目当ての明石鯛が取れない日々が続いたらしい。でもその間も食っていかないといけないので、他の簡単に獲れる魚を獲ったり、海苔の養殖をしたりしながら、なんとか細々と食いつないでいたそうだ。

 

でもその間、周りの漁師仲間からは「アイツは10年経っても一人前になれへんなww」と心ない言葉で嘲笑される日々。毎日毎日「なんで獲れへんのや…」と、頭を抱えて眠れない日々が続いた。あげく、ストレスで入院したこともあったらしい。

 

でもそれでも、戸田さんは決して諦めなかった。最愛の奥さんの「夜明け前が一番暗いんよ。もうじき夜が明けてくるから。」という言葉を支えに、辛抱強く、漁に出続けた。

 

ついに夜明けのとき

 

気付けば、五智網漁を始めて30年が経っていた。周りは誰も戸田さんの成功なんて信じてなかった。唯一、奥さんを除いて。

 

そしてついに、長い長い夜が明けた。彼は今や「10年連続漁獲量で不動のNo.1」を誇る名漁師になった。

 

そんな彼の生き様から学ぶことは、本当に多い。

 

「石の上にも3年言うけど、わいは30年かかったわ」

 

今、70歳を超えた戸田さんは、笑いながらそう言う。

 

「まぁ後の20年は充実してきたと思うとるからやな。端から端まで充実した人間なんかおらへんもんな。」

 

そう語る彼の言葉には、なんとも言えない重みがある。さすが「石の上で30年」も耐え忍び続けた男だと思った。

 

絶対に売れる方法は、売れるまでやめないことだ

 

かの吉本興業のお笑い養成校NSCでは、入学して最初にそーいうことを言われるらしい。今回の戸田さんの話は、まさにそれを地で行く話だと思う。

 

誰だって、成功したいと思う。お金が欲しい。地位が欲しい。名誉が欲しい。仲間が欲しい。そこで願うことは人それぞれだろうけど、「成功したくない」と思う人は、ほとんどいないだろう。

 

でも、実際に成功する人はいつも一握りしかいない。それが紛れもない現実で、だからこそ「成功」には、価値がある。

 

なぜなら、多くの人はすぐに諦めて、やめてしまうから。ほんの数カ月、長くても数年。目が出なければ、ほとんどの人はその間の苦難に耐えられなくて、別の道を探す。

 

別にそれが悪いとは決して思わないけれど、戸田さんの生き様を見ていると、ほんの数年くらいでやめてしまうのはもったいなさすぎるよな、と思わざるをえない。

 

石の上にも30年

 

かく言う僕もちょうど今、いろんな意味で変化のときにある。新しいことを始めたばかりで、毎日不安の中にある。

 

でも新しいことをやれば、不安があるのは当たり前で、むしろ不安を楽しむくらいの心意気でいたいといつも思う。なかなか難しいけれど(苦笑)

 

そんなときに戸田さんの話に触れたのは、やはり意味があることだと思う。彼のように「石の上で30年」耐え忍ぶのは、さすがにハードルが高いけれど。

 

まずは3年。めいっぱいやってみよう。「石の上にも3年」と、昔から言われてることだし。ダメだったときのことは、そのとき考えればいい。

 

兎にも角にも、戸田さんのお話はとても勇気づけられるものだったので、機会があればぜひ見てみてほしい。きっと、響くものがあるはず。